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「ふっざけんなっ、さっさと荷物取り返しに行きやがれっ!!」
イルカはそう言って俺を足蹴にしやがった。
そんなわけにいくかっ。こんなに血が流れてる。こんなに沢山、結構深い。出血多量で死ぬことだってあるんだ。死ぬ、だめだ、もう、大切な人たちが死ぬのは、嫌だっ。
ここにたどり着いたとき、最初は殺気で敵を威嚇していたのだが、イルカの怪我が見た目よりもひどいらしいと気付いた時には、威嚇などどうでもよくなっていた。手当が必要だ、だってアンダーだって血でぐっしょりと濡れている。
「早く怪我の手当を、」
なおもイルカの手を取るが、イルカはばたばたと暴れる。
「んなもん舐めときゃ治るんだよっ。さっさと手を離せっ。」
「そんなわけには、」
「あああああっ、もうっ。絶対に死んだりしないからさっさと追いかけろよっ。お前しか行けないだろっ、俺たちは大丈夫だからっ。だから行けっ、俺が信用できないのかよっ。」
イルカはそう言って俺の手を無理矢理はがそうとしている。イルカの顔が怒りで真っ赤になってる。涙目になってる。
泣かせてるのは、どう考えても俺自身だった。
俺は顔を俯けた。
そうだね、イルカ。
一気に頭が冷静になっていく。
俺はイルカの手をそっと離した。そして次の瞬間には跳躍していた。
そうだね、俺、信用してなかった。仲間を、イルカを同じ忍びとして見てなかった。守るべき、庇護すべき存在だと位置づけてた。
本当は対等なのに。同じ背中を合わせて戦う同志なのに。俺は、怖くて怖くて、失うのが、無くしてしまうのが怖くて、仲間を、イルカの忍びとしての力を見ようともせずに目を背けてた。それは裏返せば、その存在を否定してたってことだ。裏切り行為も同然だ。怒って当たり前のことを俺はしてた。仲間にも、イルカにも。
俺は今やっと、四代目の言葉が分かった気がした。
自身を拘束していた足枷、それは仲間を心の底から信頼していない自分自身の弱すぎる心。
仲間を大切だと言いながら、その実質俺は、仲間を失うことにばかり気を取られて、仲間の思いや気持ちを見ていなかった。イルカは行けと言った。自分はまだやれるから、お前はお前のやるべきことをやれと。
イルカ、俺はお前を信じるよ。お前は必ずやり遂げる。俺は俺のするべきことをする。
ほら、イルカの言葉を信じて駆けるこの足は、今までのどんな戦場でも発揮したことのないまでの軽さで敵を追いつめていく。
イルカ、お前が教えてくれたから。俺は闘えるんだ。お前を信じているから。
事はイルカたちが任務で外に出た数日後にさかのぼる。
里外での任務を終えてカカシはその日、里に帰ってきていた。
最初、イルカが里にいないのを知ったカカシは特に不審にも思わずにうまい飯が食えないなあ、なんてのんきに考えていた。イルカだって忍びだし、今までだって何度も自分がいない間に里を出て任務をこなしていた時もあったわけで、今回もそうなのかな、と思うに留まっていた。
が、三代目に呼び出しを食らった時、愕然とした。
三代目の口から出た言葉は、イルカたちの請け負ったAランク任務の事態が急変する可能性が出てきたと言うものだった。
冗談じゃない、なんでイルカの任務に限って、いや、そんなことはどうでもいい。
三代目から詳しい情報を聞き出してカカシは単独で飛び出した。
イルカたちが護衛をしていた人物は表向きは化粧品会社となっているが、その裏ではかなりやばい薬剤を研究している会社ということが判明したのだ。犯罪をしているわけではなく、表に出ない部分で開発していただけだ。今回はただの要人警護という話しだったのでさほど重要視していなかったそうだが、今回赴くにあたって、やばい薬の新商品についての商用だということが判明したのだ。その薬は社長自身が持ち運んでいくらしい。狙われるのはあくまで要人の方だと言うことだったが、万が一にもその薬の方が狙われていたとすれば、いや、もしかしたらそれを見越しての脅迫状でこちらを敢えて勘違いさせて陥れていたとすれば、間違いなく相手は手練れを送り込んでくる。薬を狙うための手練れが。
もしもその薬が敵の手に渡ってしまえば、それは恐らく脅威となってこちらに返ってくるだろう。
それほどまでに重要な意味のある薬なのだ。
三代目は危惧して里に残っていた暗部、即ちカカシを送り込むことにしたのだ。
中忍4人では荷が勝ちすぎる。
だが、飛び出して行ったカカシの頭の中に、最早薬の守衛はなかった。ただひたすら、イルカの安否のみが支配していた。
ものすごい形相で執務室を出て行ったカカシを、敢えて三代目は止めることはしなかった。
理由は一つ、カカシにこれ以上、このままの状態での暗部の任をまかせられるかどうかの見極めだった。
カカシの最近の暗部での動向が、目に見えて許容範囲を越えはじめていた。
仲間を仲間とも思わずに一人で突っ走って遂行するカカシ。仲間を捨て置くのではない、仲間をいないものと考えて一人、敵に突っ込み、結果、最終的に任務がおおむね成功していても、それは効率の悪い、ある意味任務失敗すれすれとも言えるようなものばかりが増えていたのだ。九尾の事件から、忍びの不足に仕方なくカカシを暗部に復帰させていたが、ここしばらくは平穏で、暗部の補給人員も整い始めていた。
カカシはなまじ戦闘能力も高く、頭もいい。人から慕われる要素を持っている。だから本来ならば分隊長、いや、暗部の総隊長としての地位も夢ではないと言うのに、カカシの極度の死に対する恐怖症から来る仲間への拒絶が壁となっていた。
今回の任務はある意味賭と言っても良かった。
カカシとイルカの仲が親友というのは知っていた。ここで仲間との本当の意味での信頼を、そして大切だからこそ闘うという意義を理解することができれば、それはカカシの大きな成長の飛躍となるだろう、と。
三代目はカカシを見送った窓を眺めて深く息を吐いた。今は亡き四代目が何故あそこまでカカシの暗部復帰を留めていたのかを知らない訳ではなかったが、時代は待ってはくれなかった。
もっと緩やかに成長させてやりたかったが、結局はこのような形を取って理解させるしかなかった。
すまぬな、とは心の中で言うに留め、三代目は顔の皺を深くしたのだった。
そうして知らぬ間に三代目に掛けていた気苦労はこうして晴れ、今、カカシは敵忍の追い込みに王手をかけていた。
ぐんっと一気に距離を詰める。
相手は上忍だがこちらは暗部だ。力の差は歴然としていた。先ほどの自分の殺気ですらこいつは身動きできていなかった。つまりは、その程度の相手と言うことだ。
敵忍と並ぶと、敵の足めがけてクナイを放った。クナイは敵の足すれすれに傷を作り、木々を飛び移っていた敵は下へと落下した。
自分も下へと降り立つと敵の前に仁王立ちになって視線を向けた。
「やはり目的は暗殺ではなく商品サンプルの強奪だったか。下手な脅迫状の小細工なんかしてくれちゃって、でもここでお前は終わりだよ。」
敵は答えない。自分をじっと見ている。
足を切られたからと言って身動きができなくなったわけではなく、カカシの動きをじっと見極めようと必死だ。
なるほど、観察する目は確かなようだ。だが、どんなに相手を見極めようとも、そこまでの動きに追いつかなくては、どうにもならない。
カカシは背中の刀の柄に手を置いた。それを見た敵も構える。
「イルカに怪我させた罪は重いよ。」
カカシは刀を抜いたと同時に走り出した。そして敵の首を一気に撥ねた。
首は飛んでいき、荷物が足下に転がった。
刀を鞘にしまって息を吐いた。やはり自分のスピードが上がったような気がする。
心持ち一つでここまで動きが違ってくるとは。今までの自分の動きが少々恥ずかしく思える程だ。
カカシは敵の持っていた要人の荷物を手にとってイルカたちのいる場所へと戻る道を急いだ。
イルカは大丈夫と言っていたが、それでも合流して加勢するのに手はあるにこしたことはない。
カカシは木々の間を駆けてイルカたちの元へと急いだのだった。
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